「私の息子が大変ご迷惑をおかけしました……」
「いえいえ、こちらこそ急に上り込んできてすみません」
リエナ達は、先ほど見た子供の家で午後の紅茶を頂いていた。
クローヴェルは、すでにおかわりした後の紅茶を飲みながら部屋の装飾品を眺めていた。
整理整頓されているリビングには、珍しいお皿や、本、高価そうな絵画などが飾られている。
……町の中では裕福そうな家庭だ。町長さんの家だろうか。
ただ、何かが足りないような気がしてならなかった。
「いいんですよ、今日は休日で学校もありませんし。ずっとお仕事だったのでしょう? ゆっくり紅茶でも飲んで下さい」
「いえいえ、校長先生に言われると何だか緊張してしまいます」
「こ、校長先生だったんですか!?」
クローヴェルは心の中で先ほどの推察は間違ってはいなかったと少し誇らしげになった。
「そちらの方は?」
「あぁ、他人です」
「ロズさんひどいですよ!初めまして、クローヴェルと言います」
「これは初めまして。ヘルマンと言います」
プラチナブロンドの髪をオールバックにし、年齢を重ねた皺は威厳を持っているかのように、
そして淡い青色の瞳を細めながら校長は握手を交わした。
「町で不穏な事が起こっておりますからね、お子さんが 人気のない場所にいたので心配して追いかけてきたんです」
ロズベルトも微笑みながら紅茶を一口飲む。
「本当にありがとうございます、ほらアーサー。君も謝りなさい」
「ご、ごめんなさい」
アーサーと呼ばれたその子は、その天使のようなふんわりとした金髪を揺らし、父親譲りの青い目を伏せた。
「いいのよアーサー。でも、どうしてあの場所に?この前の遠足は確か風邪で休んでいたでしょ?」
「うん…だからぼく、フレッドにそのきれいな場所をおしえてって言ったんだ。それで一昨日学校へ行く途中に連れて行ってもらって」
『……………』
その言葉を聞いて、リエナ達は一斉に目を合わせた。
フレッドというのは、今日の朝レオが訪れた家の子供。
つまり誘拐された3人の内の最初の一人だったからだ。
加えて一昨日というのはちょうど雪の降った日、その子供の行方が消えた日だ。
リエナは動揺を悟られないよう静かに口を開いた。
「フレッド君と一緒にいたの?」
「うん…あの湖まで連れて行ってくれて…そしたら」
アーサーはチラチラと父親を見ながらも、ゆっくりと続けた。
リエナは微笑みながら立ち上がり、アーサーの前でしゃがんで表情を伺う。
「そしたら、不思議なおとこのこがきて…」
「不思議な男の子?学校の子じゃないの?」
「うん、初めて見たから……」
「どういう子かな」
「髪の毛がね、雪のようにキラキラ光ってる銀色なの!」
アーサーの髪に手を伸ばしていたリエナの手が止まった。
「銀髪…?」
「うん、とっても綺麗だったよ。それでね、目も夏の空のように綺麗な水色なの」
「………」
クローヴェルは、リエナの手が微かに震えている事に気づいた。
「そう…その子は、なんて名前なの?」
「ううん、聞いてない。その子はね、洋服もボロボロで茶色の帽子をかぶっていたよ。 あ、あのお兄さんと同じ色の帽子!」
「キャスケットの事か」
「靴もボロボロで、雪が入っちゃいそうだった」
「そう……」
「その男の子はね、人を探してるって」
「……人?」
「うん。探している人がいるって。遠くから来たんだよって言ってたからじゃあ僕がお父さんに言ってくるって家に戻ったんだ。そしたら……」
「フレッドもその子もいなかったわけだね」
ロズベルトはしゃがみこんだままのリエナの元へ行った。
「他にその子の事を知っている人は?」
「たくさんいると思うよ!学校ではすこしうわさになっていたんだ。ちょっと前からね。変な帽子の男の子って。新しく来る子かなって」
「そうなのか?私は何も聞いていなかったぞ」
「お父さんのような大人には会わないんだよきっと!はずかしがり屋だから!」
「あの湖に行った事も初めて聞いたぞアーサー。今は危険だからしばらくは家にいなさい」
「はーい、じゃあボク先に上で勉強してるね」
「流石だアーサー、自慢の息子だね」
「……………」
「リエナ、温かい紅茶を飲んで」
「う、うん」
アーサーが部屋を離れた後、リエナとロズベルトも、再び席に戻った。
クローヴェルはクッキーを頬張りながら納得がいかないように話す。
「その少年は確かに怪しいですが。でも我々の推察と一致しませんよね?」
「ははは、あの子の話はそこまで真面目に考えなくてもいいですよ。まだ子供なんですから」
カップに残る紅茶を見ながら、ヘルマンは目を細める。
その表情は、まるで何かの思い出に浸っているようだ
「私と息子は、昔からここへ住んでいたわけではありませんでした」
「元々はどちらに?」
「キングストンから」
「キングス…あぁ、確かロンドンの隣の場所ですね!結構都会だった気が」
「えぇ…妻が先立たれてからは静かに暮らしたいと思いましてこの町へ。
私は元々学校の教師をしていましたから、ちょうど職にもありつけましたが、
都会慣れをしていた息子はなかなか馴染めず…少し前までは 家にずっと引きこもっていました」
「そうだったんですか。私てっきりずっと住んでいたものとばかり」
「リエナさんが越してくる少し前でしたからね。あの子もきっとよくある見えないお友達が見えたのでしょう」
「確かに、ちょうど雪の日でしたし。目の錯覚かも知れませんね。お母さんとの思い出があるのなら、
精神的にもそういうものは無自覚でも見やすいでしょう」
ロズベルトが眼鏡をかけなおす。流石、医者の見解は鋭い。
一方レオといえば、周りの人たちからは離れたソファで紅茶を飲みながら部屋の様子を眺めていた。
「………」
「息子には不自由な暮らしをさせたくないと思っていましたが、こんな不穏な事件が
続いてしまうと…校長としてもこれから迫ってくるロンドンの報道陣に何て釈明すればいいのか」
「ヘルマンさん…僕たちが必ず事件を解決して見せますから今は耐えて下さい」
クローヴェルは強い決意を秘めた表情で立ち上がりヘルマンと握手を交わした後、人数分のコートを取りに行った。
「何か協力できることがあればすぐにご連絡ください。もちろん紅茶だけでも結構ですよ」
ヘルマンは弱弱しく微笑みながら、立ちあがってロズベルトやリエナとも握手を交わした。
レオも立ちあがったが、笑顔で上の方角を指さした。
「帰る前に一つだけ、息子さんの勉強姿を見に行っていいですかね」
「………」
「………」
ヘルマンの家を出た後、帰り道を歩く間ずっとこの沈黙が続いている。
特に目の前のレオとリエナは終始顔も合わせていない。
クローヴェルはロズベルトに小声で話しかけた。
「あの…なんか気まずくありませんか?」
「それならいつもの君の笑えない冗談を言って和ませたらどうだい?」
「もっと気まずくなるじゃないですかっ」
と、クローヴェルは今までの現状を整理した上でもう一度ロズベルトに話しかけた。
「え、でも。今までの事を整理すると犯人ってその10年前の事件の犯人と同一人物って線が一番濃いですよね。
どんな事件かわからないんですけどまだ」
最後の方はすねたような声で話した彼だったが、ロズベルトはすかさず即答した。
「それは、ありえない」
「へ?何でですか、だってきっと。その犯人は例の事件が世間から忘れ去られてしまったから、
もう一度社会に注目されて欲しくてやったんじゃないんですか?」
「事件はロンドンで起こったんだ。そこまでするのならロンドンで起こすべきだろう?」
「むぅ………」
「それに、その事件の犯人はとても凶悪だから。子供を攫うどころじゃないよ。
そうだな、標的を血だらけにして十字架に吊し上げるぐらいはするよ。」
「ちょ、その事件ってどんなヤバい事件だったんですか!?」
と、二人の会話が聞こえていたのかリエナが先にレオを見上げた。
「……ロンドンに戻ろう、お父さん」
「……理恵奈」
「ここの子供たちは関係ないもの!今までの話でわかったでしょ、ねぇ帰ろうお父さん」
「………」
必死に訴えるリエナに対して、レオの表情はどことなく気難しそうだ。
「きっとあの子が私を追いかけてきたんだわ」
「あの子?もしかして、さっきアーサー君が話していた子ですかリエナさん?」
「理恵奈、その話はもう止そう。あの子はとっくに」
「だからここまで来たのよっ、きっと恨んでいるんだわ私の事」
「リエナ、少し落ち着きなさい」
今までの彼女とは思えないほど瞳を震わせている姿を見て、ロズは自身の黒いコートをかけた。
そして両手で、彼女の顔を包み込むようにしてしっかりと見つめて話した。
「冷静に考えなさいリエナ。まずロンドンに帰れるのは早くても明後日の朝だ。
それに、幽霊は人を殺せない。そうだろう?」
「……そうね、そうだったわ…ごめんなさい」
リエナは首を横に振って気を取り戻した。
「私、先に帰って明日の準備をしてくるわ。明日は雪が降る予報だし、今まで撮った写真も現像して不審な点がないか見てくる」
「あぁ、そういえば!今日もたくさん撮っていましたね写真!素晴らしく役に立ちます!」
「一方で君は滑ってばかりで素晴らしく役に立たなかったけどね」
「ロズさん相変わらず酷い!」
「ふふっ、今日はお父さんも疲れているだろうから特別に夕食も私が作るわ。じゃあね!」
そう言ってリエナは手を振りながら颯爽と帰って行く。
と、ちょうど朝刊を運ぶ郵便配達員とすれ違った。
レオも手を振りかえしたが、相変わらず表情は浮かない。
「……………」
怪しすぎる。 クローヴェルは3人の表情と行動を見て、結論付けた。
そして、今晩こそは何としてもこの事件で重要とされる
『10年前の事件』の真相を訊こうと決心したのだった。