04:湖と少年の影

「わぁ……!!」

普通の人なら迷い込みそうな木々をすり抜けた先にあった場所、その壮大な湖の景色に、クローヴェルは感嘆の声をあげた。
空には微かに青い空が見えていて、太陽はまっすぐに一行を照らしていた。
青く深い湖は、まるで鏡のように空の景色を映し出し、ここだけ別世界のようだ。
木々を揺らす風の音だけが聞こえてくる。

「すごく綺麗でしょ?何もないときはここで本を読んでくつろいだりするの」
「初耳だね」
「貴方に話したら来るでしょどうせ」
「でも、こんなに雪が降る町だったらこの湖もいつか氾濫しませんか?」
「あぁ、それなら大丈夫よ。ほら、あそこに貯蔵タンクがあるでしょ?」
「えっと…あぁ、あの小屋ですか?湖渡らないと行けなさそうですね…」
「そうそう、この湖はダムみたいになっていてね。溢れそうな水は一定期間あそこで溜めておくの。
 火事や、食料不足になっても大丈夫なようにね」
「すごい発想ですね。僕の国だったら氾濫するまで気が付きませんよ」
「それじゃあダメじゃない。でもこの機能をつけたのはつい最近よ?パン屋のおばあちゃんが提案してくれたの」
「あの人がかい!?お釣りを平気で間違える人がかい!?」
「こらロズ。そうあのおばあちゃんよ。なんか、お客さんにそういう意見を言ってくれた人がいたみたいで。
 町のみんなでそのシステムを作ったの」
「ふむ……」

テンションの高いクローヴェルや逆に肩を落としているロズベルトをよそに、レオはまわりを観察していた。

「確かに、ここなら何が起こっても分からなそうだ。最悪のケース、3人ともこの湖の底だしね」
『………』
「ははは、冗談だよ。まだ証拠は揃っていない」

黙り込んだ3人に笑いかけたレオ。

「揃っていないという事は、もう犯人の目星はついているのですか!レオ刑事!」
「整理でもしようか、助手君たち」

レオはそういって、コートを翻ししゃがんだ。

「今日は幸いにも誘拐事件は起こっていない。晴れているからね。攫われた日の天気を見る限り。
 犯人は雪が降る日の昼間に堂々と攫い、夜には子供たちの足跡ごと雪で消し去る、新人、これでわかる事と言えば?」
「犯人は幽霊です!」
「はいロズ、次」
「ここの地理や天候に詳しい人間だ。犯人はこの町に住んでいる」
「そう、で他には?理恵奈」
「子供たちの通学路を知っているし、この湖の事も知っている人ね。この場所は以前小学校の遠足で
 偶然見つけた場所だから、町の人の中でも知っている人は少ないはずだわ」
「子供たちが見ても怪しがられない人って事ですね!」
「学校の関係者か、子供たちの親か、そのあたりか……」
「相変わらず僕の推理は無視ですか皆さん!」
「……………」

的確な推理だが、その結果にリエナは目を伏せた。
すかさずロズが彼女の両肩に手を置く。

「でも何故こんな真似を?お金が目的ならそれこそロンドンの子供たちを攫えばいいものを」
「そこなんだ、さっきも言ったけど動機が全くわからないんだよねー…」

頭をくしゃくしゃとしながら、難しそうな表情をするレオ。

「犯人は確実に意味を持って子供たちを誘拐している」
「お金目的でないなら、愉快犯ということかい?」
「その行為によって自分が有名になる事や、社会に注目される事に喜びを覚える人って事ですか?」
「そうなるととてもやっかいだぞ」

レオは立ち上がり、静かに揺れる湖を見つめた。
その表情は湖の底のように深く険しい。
クローヴェルは無造作に手帳を開いてまた何かを書き始めた。

「やっかいって…どういう事ですか刑事?」
「恐らくロンドンの新聞社にこの事件の事を暴露したのは犯人だ。
 他に情報を知っているのは子供たちの親ぐらいだし、見るからに彼女たちは疲弊していたから
 暴露するどころではないからね」
「なるほど、じゃあやっぱり愉快犯なんですね!でもそれが一体…」
「その犯人は、10年前の事件の再発だと噂を流した……」
「えっと…つまり、犯人はそのよくわからない10年前の事件を流すことで、
 社会に注目されたいと思っているわけですね?あ、もしかしてそもそも
 その人の目的がその事件を蘇らせる為?じゃあまたなんでこの場所を選んで…」

ロズベルトの眼鏡ごしの瞳が、微かに驚きを見せていた。

「犯人が同じ事件をここでわざとおこしているのだとしたら……」

レオは自嘲に似た笑いを浮かべた。その瞳はどこか悲しそうだ。

「犯人の元々の標的は俺たちだって事だ……目的は、復讐だよ」
「そ、それは一体どういう――」

パキッ

『!!??』

クローヴェルが問おうとしたその時、4人の背後から木々を踏んだ音が聞こえた。

「っ」

微かに見えた小さな体と金色の髪が急いで森を駆け抜ける。

「子供…?」
「アーサー!」

リエナは影を見るなりすぐにその子供を追いかけた。
ロズベルトとクローヴェルは一瞬不思議そうに視線を合わせたが、彼女を追いかけることにした。

ただ一人残ったレオは、静かに胸ポケットにある懐中時計を取りだし蓋を開いた。
ガラス盤は何かの衝撃でひび割れていたが、チクタクと針が進んでいる中、文字盤には、「Mary」と彫られていた。

「………メアリー」




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